私は長距離バスに乗っている。
回りの景色は日差しも土の色も何だかとても黄色くて、乗っているバスはベコベコのオンボロだ。ガタガタ揺れる車内のへたったシートの上で私は、東京からインドまでバスで5時間なんて、近くなったな、と感慨にふけっている・・・

 

という夢を見たことがある。
その夢で、帰りは新幹線で東京まで帰るのだが、そのときは10時間。オンボロバスより最新の新幹線の方が何故か時間が掛かる、という変な夢だった。
確かもう数年前の夢なのに、黄色い夢だった、ということと新幹線の方が遅い、ということをよく覚えている。

 

 

今思えば、この時の黄色はターメリックの黄色、「カレー色」を決めるあの色である。我ながら想像力の乏しいことこの上ないが、夢で見た真っ青な空に対してコントラストの強い、粉っぽい黄色い色は、私にとってのインドの色なのだろう。
インドシルクの色、フレッシュなスパイスの色を考えれば、インドはもっともっと色彩豊かなはずだ。

それなのに夢に出て来たのは一色だけ。それには理由がある。

実際のところ、私はインドに行ったことがない。インドの色も匂いも人も、何も体験として知らないのだ。

私の中でインド=カレーなのである。

 

一体いつからナンで食べる「インドカレー」が私の中に定着したのだろう、と思い返すが出会いがどんなものだったのか思い出せない。それより「パッパル」と いう名のスパイシーな煎餅状のものを食べたことの方が印象深い。父がどこからか手に入れて帰って来た地味な色合いの丸い板が、油で揚げると面白いように膨 らむ。その「パッパル」をカレーとともに食べた、のかどうかは思い出せないのだけれど。塩味とスパイスの辛みが強く、パリパリとしたトルティーヤチップス のような食感と相まって、中々美味しいものだったように記憶している。

 

欧風カレーがどちらかというと主流の日本。というより独自の進化を遂げたカレーが、ほぼ「日本食」として定着している一方で、恐らくインド現地で食べられているものに近いだろうと思われるものもあり、実に豊かな「カレー」の世界が広がっている。
小さな湖のようなさらさらした見た目を裏切る激辛カレー(どんなに所望しても水は出てこない)あり、ナンで食べるダールやチキンのカレーあり、アラジンの 魔法のランプみたいな器で供されるイギリス風のカレーあり、何でだか輪切りのゆで卵が嫌になるほどのったカレーあり、きっとカレーだけでも当分飽きること なく暮らせるだろう。

 

しかしそもそも「カレー」というカテゴリーの存在しない、言わば食事全てがカレー化しているインドの味はどんなものなのか。そこでの空気とともに味わってみたいものだ。

 

 

BOOK246は何だか最近インドづいている。東京スパイス番長の面々がインドで食材を仕入れてインドで料理するという旅行記のような食べ物記のような、 その顛末を綴った、ステキなブックレット「チャローインディア」が店頭に並び、インド在住のFiona Caulfieldさんが描く魅惑のインドガイドブック「LOVE TRAVEL GUIDES」が入荷した。どちらもお客様からご紹介頂き、最近BOOK246の一員に加わったものたちだ。

 

「インドはね、大好きになるかホテルから一歩も出られなくなるか、どっちかだよ」と、学生時代の友人に言われたことがある。きっと私は後者だろうな、と何 となくそのとき思った。今でもそう思っている。潔癖性とはほど遠いと自負しているが、稀に妙なところでキャパシティオーバーのスイッチが入ってしまうの だ。果たしてインドに行ってそのスイッチが入ってしまうのか、それとも見るもの全て、触れるもの全てを楽しむことができるのか、行ってみなければ分からな いけれど。

 

インドづいている店内で一日を過ごしていると、やはり行ってみなければ損、という気がしてくる。LOVE MUMBAI を開くと漂う独特の紙の香り、手触り。チャローインディアから溢れでる豊かな色彩、食材の数々。どんな土地なのか、実際にこの目で、この耳で、この鼻で、 確認してみたいという気がする。

 

もし仮に行ってみて、やっぱりホテルから一歩も出られなかったとしても、

それはそれで旅したことには変わりないだろう。
そう、あの「黄色い夢」は何かのサイン、なのかも知れないのだから。

 

 

 

「黄色い夢」2010.12.23

BOOK246 column vol.248