近くて遠い

 

言葉を失うような、

心がシンとして、そして細かく震え出すような、

そんな光景や出来事に出会うことが一生のうちに何度あるだろう。もしかしたら一生出会うことはないかも知れない。 出会えたとしらそれは本当に幸運なことだと思う。そしてそんな景色を見た私は、きっともの凄く幸運な人間なのだろう。

 

丁度今から1年前のこと。「バイクで旅行計画」を果たすべ く、近くて遠い東京都・伊豆大島へ行った。 竹芝桟橋から出航している東海汽船カメリア丸に乗込む。出航は夜10:00、片道8時間の長旅。高速艇なら2時間弱。 しかしベスパと共に旅しようと思うと選択肢は8時間の船旅しかない。

翌朝6時、港に着く。まだ夜が明けたばかり。

寒い。

真っ暗。

でも良いも悪いもなくおろされる。竹芝桟橋より南下したと はいえ早朝。そして冬。息は白い。呆然としていても仕方がないのでまだ暗い岡田港を出て元町港を目指す。 完璧にオフシーズンらしくどのお店も開いていない。都市生活に毒されている私にはスタバもコンビニもマクドナルドもない町は 新鮮だけれど、とにかく寒い。やっとの思いで見つけた定食屋も開店までにはまだ30分程間がある。ぼんやり立っているのも寒い ので近くの乳ヶ崎まで震えながらドライブすることになった。それにしても、こんなに時間を潰すのに苦労した経験は初めてだ。 寒さの所為か、「無い」ことになれていない所為か。

この旅の一番の目的地「伊豆の踊り子資料館」、リス園ほか島をくまなく回っても 時間が余る。することがない。ある意味期待通りのナーンにもなさ加減を十分に味わった、ということか。

明けて翌朝。

島は昨日で大体制覇してしまったし、他に見るものがあるようにも思えない。帰路の船が出るまでの時間どうやって過ごした ものだろう。その日は山の上の方も晴れているようで、前日は霧が掛かっていて断念した裏砂漠展望台に行くことにした。

導入部分の道はあんまり面白そうな気配はしない。期待にもれず、ここも失敗だった気配が濃厚だったが、 取り敢えず登ってみよう。薮の中のような細い道を上って行くと、道が段々ざらざらと砂っぽい感じに変わって来る。 そして急に視界がひらけた。

 

こんな景色、見たことない。

ここは日本ですか?

ここは東京都ですか?

ここは地球ですか?

音が全くない。

風の音と自分の足が砂を踏む音だけ。

足を止めると何も聞こえない。

本当にひさしぶりに何かに心を動かされた。

どう感動したのか説明したいけど出来ない。

写真に撮りたいけれど、うまく撮れない。

ひとに知らせたいけど、誰にも教えたくない。

もどかしい。

宇宙気分。

ここで短編映画とか撮ってみたい、となんとなく思う。

他に誰もいなくて、取り残されたみたいだった。

そんな景色を、その時の形容出来ない気分を、忘れないように消えないように、身体に出来るだけ染み込ませて帰路に着く。

 

そうして都内の明かりをみると、不思議な気持ちになる。もの凄く遠い土地に長いこと行っていたみたいだ。高々一泊なのに、 あぁ帰って来たな、と思う。ヨーロッパやアジアの他の都市に行ったときより、もっと、時間の流れ方の違い、のようなものを 感じた旅行だった。

きっとそれは寒さに震えて居場所がなかった所為ではなく、あの砂漠の景色の所為だったのだろうと思う。

自分の人生を左右する出会いだったかどうかは、今もってまだ分からないけれど、ひとつの宝であることは間違いない。

そしてそれを出来るだけとどめておきたいと思うのだ。

 

2008.12.28 BOOK246 column vol.174