「・・・でも何にもないでしょう、小豆島」。
岡山市内で働く小豆島出身の方に言われた言葉である。
旅のラスト飾ったのは、そんな寂しさと重さを抱えた言葉だった。

 

今年の海の日三連休は「小豆島BIG RUMBLING2010」という、古いスクーターを愛する人々が集まるイベントに参加するために小豆島へ渡った。
この旅には本を一冊携えた。梅原真さんの「ニッポンの風景をつくりなおせ」(羽鳥書店)である。モノをつくる世界の端っこにぶら下がっている者として、読んでおかなくてはならない本だと思ったからだ。出発前に少し、有明から高松までのフェリーの中で少しと本を読み進める。


梅原さんは高知出身・高知在住のグラフィックデザイナー。日本全国から依頼が寄せられ、土地にある一次産業を、その土地の誇りを全国に知らしめるべく、日々奔走するひとである。梅原さんのデザインの向こうに広がるのは、素敵に豊かな日本の景色だ。

そんな景色を、誠に勝手ながら心の中で期待して旅に出て、最後の最後に冒頭の言葉に出会ってしまった。

 

 

いま東京で暮らしていて、手に入らないものはない、と言ってしまってもよいかも知れない。国内だけでなく海外の小さな町で作られているものでも、誰かが見つけ東京まで運んできてくれる。それこそフェリーを使えば20時間近く掛けて行かなくて はならない小豆島の醤油も素麺も、この場で手に入り、食卓をさらに美味しいものに彩ってくれるのである。
「小豆島」というブランドが日本全国に行き渡る、土地もそれによって収入を得ることが出来る。素敵なことじゃないか、と思っていた。

 

しかし広島出身のともだちに言われたのは「東京でなんでもかんでも手に入るなんてつまらない」ということだった。確かにそう言われてみればそうだ。
いつだって旅に出る時は、東京にはないその土地らしさを求めて家族や友人や相棒と旅をしてきている。旅先で、そこでしか食べられないもの、そこでしか見ら れないもの、そこでしか買えないものを探している。それなのに東京でなんでも手に入ってしまったら、旅に出る魅力は半減するのは当然だ。パリにある日用品 を売る店で見つけ喜んで買ったバターケース。帰国後1週間もしないうちに、すぐそこの店で全く同じものが売られているのを見た時、心の底からがっかりした ことを思い出した。家でも旅先でもスペシャルなものを期待するなんて矛盾している。

 

 

もし発送する以外にその土地の空気を伝えようとするなら、そこに実際に来てもらう、という方法がある。「瀬戸内国際芸術祭」で見た豊島と直島には、確かにそのときその場でしか味わえない何かを求めて、たくさんの観光客が訪れていた。
お客さんたちがアートを楽しむその横で、旧家の倉を利用して展示された作品を、土地のおじいさんが「何だか良く分からん」と言う顔で眺める姿があり、作品のメンテナンスに年間一千万円という大金が投じられる。
ぐるりと島を巡るように作品が点在し、景色も作品も、とても充実していた。観光で訪れるには本当に贅沢な仕掛けになっているけれど、 この芸術祭は本当に土地に還元されているのだろうか、今後も永続的に土地のためになってくれるのだろうか、という疑問が頭をかすめたのも事実だ。 何かはじめるには多大なエネルギーが必要。しかし継続するにはもっと大きなエネルギーが必要になる。それがあってこそ、土地の景色と成り得るまでの力になるんじゃないかと、日差しにやられた頭でぼんやりと思った。

 

 

本当に小豆島には何もなかったのだろうか。
オリーブと醤油が有名くらいの知識で渡ってみたが、その通りに港は溜まり醤油のような独特の香りが漂い、行く先々にオリーブの木が林になっている。鬱蒼と した中に突然切立った堅い山肌が見え、採石場がすぐ側にある。夜になれば空を埋め尽くす星、星、星。流れ星を一時間のうちに何度も何度も見られる浜辺。

朝日で染まる広い空に凪いだ美しい海。


私が見た小豆島は豊かだった。芸術祭を持ち込まなくても十分魅力的だった。
自分たちの力でつくりだした産業と与えられた美しい景色。
どちらも私には誇りにしたいものに映ったのに、実際の暮らしを知っている人には

やはり「何もない」のだろうか。

 

 

小豆島、瀬戸内芸術祭、梅原真さんの本。
3つのキッカケを与えられて、「ニッポンの景色」について考える今年の夏。矛盾だらけで結局自分なりの答えはまだ出せずじまいだが、このままずっと宿題として考え続けることになるのだろう。


そして今年の夏も、日本のどこかでつくられた何万発もの花火が、毎週東京のどこかで打ち上げられている。それを見るために信じられない数の人が集まり、揃って夜空に咲く華を見上げている。
何でもあるけど何にもないと思っていた東京の、これが夏の景色なのだ。

 

 

「ニッポンの風景」 2010.08.15

BOOK246 column vol.237